昭和20年代・30年代初期の浦安
境川や船圦川周辺の集落では、多くの人々が漁業を中心とした生活をしていました。
川岸には、千数百隻の漁船が連なり、漁師町独特の壮観な風情がありました。
浦安の漁場は、東京湾の一番奥まったところで、遠浅の海は3kmほど沖まで続き、魚種が豊富で、ノリやアサリも養殖されていました。
漁の大半は浦安沖でしたが、漁法や船が発達するにしたがって羽田沖や富津沖まで漁場の範囲を広げる漁師もいました。
漁師や漁船の数、漁獲量などからみると、「昭和初期から戦前まで」と「戦後の昭和20年代後半」が全盛期と考えられています。